【恵那市】『岩村城跡』を目指して城山登山(717m)

久々に恵那市にある岩村城跡に行ってきました。

岩村城跡は奈良県の高取城、岡山県の松山城と並び日本三大山城と称されます。

何度でも行きたくなる山城。

 

岩村城は1185年(文治元年)鎌倉幕府の有力御家人・加藤景廉によって築かれました。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」には出てきませんでした。

「遠山の金さん」は加藤景廉の末裔らしい。

 

登山好きとしては麓から歩いていきたい。

車は岩村歴史資料館の駐車場へ。

かなり広いです。

トイレもあります。

国道418号から本丸近くまで車で行けるようです。

岩村城跡の案内。

石畳の雰囲気抜群の道。

普段運動不足の方は息が上がることでしょう。

岩村城最初の関門「初門」

道があえて鉤型に大きく曲げられています。

まずはここで相手の攻撃を妨げます。

「霧ヶ井」

岩村城内に17ヶ所ある井戸。

現在も枯れることがありません。

“霧ヶ城”の異名がある岩村城。

敵が攻めてきた時に秘蔵の蛇の骨を霧ヶ井に入れたら、井戸から霧が湧いてきて城を覆い尽くして守ったという伝説。

駐車場から25分ほどで本丸へ。

岩村城跡で一番おすすめが六段壁。

歴史に関心がない人でもかっこいいと思うことでしょう。

まさに要塞。

横から。

雛壇状に六段になった石垣。

説明看板によると、最初は最上部の高石垣で、崩落防止のため全面に補強の石垣を積んでいった結果六段になったそうです。

現代に残る石垣は河尻秀隆以降の城主により築かれました。

観光用の写真を見ると、紅葉と一緒の写真もありました。

秋にもおすすめ。

本丸からの眺望も素晴らしい。

標高717メートル。

「織田信長公 宿営の地」

1582年(天正10年)3月11日に武田軍討伐の際に織田信長は明智光秀を引き連れ岩村城に入城。

同じ日に武田勝頼は切腹。

 

岩村を散策していると「女城主」と書かれているのをよく目にします。

戦国末期の岩村城主・遠山景任が病死。

景任の妻が「おつや」

織田信長の叔母にあたります。

養子として迎えていた信長の五男御坊丸が幼少だったので、おつやが実質的な城主として領地を治めていました。

 

1572年(元亀3年)武田軍の秋山虎繁が岩村城へ攻撃。

信長からの救援を待つため3ケ月籠城。

長島の一揆などで前に進めなかった信長。

減っていく食糧。

 

虎繁はおつやが妻となることを条件に無血開城を迫ります。

領民の命を守るため泣く泣くその条件をのみ開城。

御坊丸は人質として信玄のもとに送られてしまいます。

 

1575年(天正3年)織田信忠は岩村城を攻略。

怒った信長は、虎繁とおつやを長良川の河原で磔刑に。

悲し過ぎる女城主物語。

岩村町の妙法寺では2025年におつやの「450年遠忌法要」が営まれました。

 

1582年(天正10年)6月11日に起きたのが本能寺の変。

家臣の明智光秀が謀反を起こし信長は自害。

本能寺の変にはいろんな説があります。

ひょっとしたら、おつやの呪いかもしれません。

【今回の所要時間】1時間