
現存する最古の戸籍「半布里(はにゅり)戸籍」にゆかりのある岐阜県富加町。
半布ヶ丘(はにゅりがおか)公園から堂洞城跡まで歩いてみました。
車は公園の駐車場へ。

歩き始めていきなり登場したカラーマンホール。
幸先が良い。
富加町のマスコットキャラクター「とみぱん」
よく見るとかわいい。
富加町特産の古代米のおまんじゅうがモチーフ。
見た目はパンダに似てますが違うそうです。
2024年に富加町70周年を記念した作られたマンホール。
町内に7箇所しかない激レアマンホール。

富加町郷土資料館。
館内無料で見学できました。
堂洞城、古墳、戸籍などについての資料が展示されています。

資料館で入手したウォーキングマップ。
堂洞城攻略コースは片道2.7km。
目安は35分。

のどかな富加町。
夕田集会場がある交差点を右へ。

堂洞城跡への看板がありました。
「織田信長の東美濃攻略」最終決戦の地。
2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」
織田信長と斎藤龍興による美濃国をめぐる攻防が楽しみ。

車で行けないこともないですが道は狭いです。
退避スペースも少ない。
ここを左へ曲がります。

タンクがある場所が堂洞城跡への目印。

堂洞城跡への看板。
ここから短い区間ですが山道に。

イノシシ侵入防止のため、扉のフックを忘れずに。

約40分で堂洞城跡へ。

堂洞城の戦いが起きたのは1565年(永禄8年)
堂洞城の城主は岸勘解由信周(きしかけゆのぶちか)
北側にある加治田城の城主は佐藤紀伊守忠能。
美濃を攻略したい織田信長は忠能を調略。
信長軍と加治田城の軍勢が堂洞城を攻撃。
6時間に渡る攻防の末、信長が城に火を放ち、信周は妻と共に自害。
堂洞城は陥落しました。
2020年には城跡から焼けた米のような黒い炭水化物が発見されています。
信長が火を放った時に燃えた兵糧米だと思われます。
堂洞で火攻めを行った信長は、17年後に家臣から火攻めを受けることに。
なんという因果。
戦の翌日、信長が堂洞の山下の町で首実験をし引き揚げようとしたところ、稲葉山城から斎藤龍興、関城から長井道利が攻撃。
負傷者と死者が多数出ました。
信長は美濃を攻略するのに大変苦労しています。
歴史を知るとアツい富加町。
今回紹介した堂洞城跡へのウォーキング、加治田城跡がある梨割山の登山。
歴史好き、山城好き、登山好きの方におすすめ。
今回の記事を書くのに参考にしました。

【今回の所要時間】1時間30分
