
久々に美濃加茂市の米田白山へ。
今回は米田白山から隣接する馬串山まで歩いてみました。
車はさくらの森第1駐車場へ。
第1駐車場はトイレが近く人気。
第2、第3駐車場はがらがらでした。

駐車場に置いてあった登山ガイド。
ルートはいろいろあります。
第1駐車場からだと、自然と東回りルートになりました。

整備された登山道。
初心者でも安心。

坂を登ると、展望台への分岐地点がありました。
すぐ近くだったのでちょっと寄り道。
ハル岩、米田白山見晴らし台、仲良し岩展望台の3ヶ所。

一番奥にある仲良し岩展望台。
燃えるように真っ赤なベンチ。
「赤い椅子に座って愛を語ろう…」と案内が書かれてました。
眼下に流れる木曽川を眺めながら語り合ってみては。
展望ポイントは3ヶ所とも絶景でした。

山頂に近づくと岩場が多くなります。

馬の背岩、タイタニック岩、八畳岩、ひっそり岩、どっきり岩、白山槍と見応えある巨岩の連続。
岩の上に立って映え写真も撮れます。

山頂近くにある反射板。
反射板マニアの方に。

約40分で登頂。
米田白山の標高は274m。
背後に見えるのは川辺町の山川橋でしょうか。

前回同様、登った日の日付が石で記されてます。
この日は1月6日。
毎日どなたかが石を並べ替えているようです。

米田白山 賀正
石で作った鏡餅も。
正月らしいおもてなしが嬉しい。

山頂から少し歩くと米田白山展望台。
ここの眺めも良好。
休憩にも最適。
展望台までは道が分かりやすく初心者向き。

展望台から馬串山区間は道がそこまで整備されてません。
登山に慣れた人向き。

一旦麓の道路に出ます。
小ぶりながらも存在感がある馬串山。
“軍艦山”の異名があります。
別のアングルの写真を見ると確かに軍艦のようでした。
1582年(天正10年)に起きたことといえば「本能寺の変」
明智光秀が謀反を起こし織田信長は自刃。
本能寺の変の時、武田勝頼討伐の恩功として与えられた信濃にいた森長可(ながよし)
城主である美濃金山城に戻った長可は、肥田玄審允がこもる米田城などを攻略。
昭和42年発行の「兼山町史」の139ページに記述がありました。
長可は七月二日米田城を陥れ一旦金山に引き揚げると翌三日、三,000余人の兵を率いて馬串山(現美濃加茂市下米田)より飛騨川対岸の小山村に着陣し、先ず古刹小山観音に戦勝を祈願し、飛騨川を渡河して、牛ヶ鼻の砦に攻撃をかけた。
馬串山は牛ヶ鼻攻略の拠点。
現在放送中のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」
森可成と森蘭丸の登場が発表されています。
果てして長可も登場するのか。
長可は本能寺の変の後は秀吉の家臣になります。
1584年(天正12年)の秀吉VS家康の「小牧・長久手の戦い」で討死。

道路から近い登山口らしきとこに入ると石仏が並んでました。
詳細は不明。

石仏から先は断崖絶壁。
新年早々クリフハンガー。
何度か道に迷い滑落の危機でした。
後から西側に楽な道があることに気づきました。
東側の道はやめておきましょう。

崖を登り切ると馬串山の山頂。
標高143m。
2026年はうま年。
うま年の方は験担ぎに登ってみては。

山頂からの眺めも良好。

西側の道はゆるゆるでした。
最初からこの道を歩けばあっという間に登頂できます。

正しい登山口。
民地の駐車場に入った先にあるので分かりにくいかも。
下山後は麓の道路を歩いて駐車場に戻りました。
米田白山だけでもおすすめ。
余力のある人は馬串山まで足を伸ばしてみては。

【今回の所要時間】2時間10分