1月24日に開催された岐阜城跡発掘調査現地説明会に参加しました。
この手の説明会に参加するのは初めて。
多くの方が集まってました。

今年度の調査箇所は天守西側と一ノ門北側。
岐阜城年表に斎藤龍興の名がなくて寂しかったです。
大河ドラマに対してやる気のない岐阜市。

普段は入れない場所から。
1段目と2段目の石垣の間からの眺め。

天守台西側。
ここで発掘調査が行われていたとは。
どれだけ金華山に登っても分からない場所でした。
まだ周囲は樹木で覆われています。

今年度一番の発見は3段目の石垣。
高さ40cm、幅70cm、奥行95cm。
もっとあるのかと思ったらこの1つでした。

江戸時代初期に描かれた「稲葉城趾之図」
絵図には4段の石垣が描かれています。
これまでの発掘調査で、1、2、4段目の石垣が発見されています。
今回、3段目の石垣が発見されたことで、絵図の通り立派な4段の石垣が存在することが確定しました。
とても大きな発見。
今はまだ樹木で覆われている箇所が多い。
もし将来、麓から4段の石垣が見えるようになればすごいこと。
毎月の月城撮影にも気合が入ります。

天守台では礎石も初めて発見されました。
櫓などの建物があった可能性。

一の門北側。
家に帰ってから新聞で「竪堀」が確認されたという記事を読みました。
現場では適当に写真撮って何の説明も聞いてません。
幅約8.5m。
構造が大桑城の伝「岩門」に酷似しており、斎藤道三の時代に構築されたとされます。
新聞の報道によると、この現場は2月中旬に埋め戻されます。

3月14日(土)に今回の遺跡発掘調査のオンライン説明会が開催されます。
申込みは2月13日(金)から。
説明会以降に分かったことも盛り込まれるとのこと。
今回の説明会に来られなかった方は参加してみては。
岐阜城はゴールデンウィーク明けから工事に入ります。
発掘調査もしばらくお休み。
普段入れない場所で、自分の目で石垣や礎石を確認できて興奮しました。
信長時代の岐阜城のすごさを肌で感じました。

一の門近くにある岐阜城略年表。
城主は斎藤道三→斎藤義龍→斎藤龍興(竹中重治)→織田信長へと変遷。
1月25日に放送された「豊臣兄弟!」で織田信長は今川義元を討ち取りました。
次回から美濃攻略が始まります。
次週予告に斎藤道三と龍興が映ってました。
「美濃はわしの国じゃ!」
信長はそう簡単に美濃を攻略することはできないでしょう。
大河ドラマを見て岐阜城(稲葉山城)に興味を持たれた方はゴールデンウィークまでにお越しを。