
滋賀県長浜市にあるJR木ノ本駅。
落ち着いた色調の外観。
駅の西側に広めの駐車場がありました(無料)

郵便ポストの上には秀吉の兜。

木ノ本駅は12月20日まで「豊臣大返しステーション」に。
滋賀県立大学の学生さんが計画設計。

睨み合う豊臣秀吉と柴田勝家。
1582年(天正10年)に起きた「本能寺の変」
織田信長亡き後の秀吉と勝家の覇権争い。
清洲会議で対立が深まり、1583(天正11年)に賤ヶ岳の戦いへ。

賤ヶ岳の戦いの時の両軍の勢力が分かりやすくジオラマ化されてました。
余呉湖の東側に切り込んでくる佐久間盛政。

佐久間盛政の奇襲に討たれた中川清秀。
先日、余呉駅から賤ヶ岳に登った時に高山右近の陣跡と中川清秀の墓がありました。
ジオラマで俯瞰してみると分かりやすい。

駅の構内には賤ヶ岳の戦いの解説パネルが展示されてました。
当時は余呉湖が真っ赤に染まったという。

「美濃大返し」の解説がありました。
天正11年(1583年)4月20日、賤ヶ岳近くの大岩山砦・岩崎山砦が、柴田方の佐久間盛政軍の奇襲によって陥落し、中川清秀が討死したとの知らせが、岐阜城を攻めていた羽柴秀吉のもとに届いた。このままでは戦局が不利になると判断した秀吉は、岐阜城攻めをただちに中止し、賤ヶ岳決戦の地・木之本へ引き返すことを決断した。
軽装の先行部隊と後続部隊に分かれて移動し、甲冑を着けずに最小限の武装で進軍したのではないかといわれている。
美濃大返しは5時間で52km。
時速10km。
先日、自分も美濃大返しを真似て歩いてみました。
通気性の良いシャツにウォーキングシューズを履いても11時間かかりました。
美濃大返しのすごさを自分の足で感じました。
賤ヶ岳古戦場へ行かれた方は、併せて木ノ本駅に行かれてみては。