1月16日放送「ブラタモリ」で紹介された村上海賊は、織田信長の水軍を撃破した。

1月16日に放送されたブラタモリ「しまなみ海道〜“瀬戸内の覇者”村上海賊はなぜ生まれた?」をみました。

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広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長59.4kmのしまなみ海道。

以前に尾道側からと今治側それぞれ自転車でサイクリングしたことがあります。

瀬戸内海の眺めが最高。

魚介類や柑橘類のジュースが超絶おいしかったです。

コロナのワクチン打ったらまた行ってみたい場所。

放送の中で紹介された「村上海賊」が拠点にしていた能島。

“天然の要塞”と呼ばれてました。

瀬戸内海を牛耳っていた村上海賊は、天正4年(1576年)織田信長の水軍とも対決し撃破しています。

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)

  • 作者:太田 牛一
  • 発売日: 2013/10/10
  • メディア: 文庫
 

 織田信長の家臣・太田牛一が記した伝記「信長公記」にも「木津浦の海戦」の中に出てきます。

そうこうするうちに海上では、敵は焙烙火矢というものを作り、味方の船を包囲して、これを次々に投げ込んで焼き崩した。

村上海賊は、信長の敵軍・毛利氏に味方します。

毛利氏といえば、大河ドラマ「麒麟がくる」で、信長が切り取った蘭奢待の一部を正親町天皇に贈るも、あえて敵対関係にある毛利氏へ。

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 焙烙火矢(ほうらくひや)

素焼き土器に火薬を詰めて点火し、投げて爆発させるもの 

放送の中では「ほうろく玉」として紹介されてました。

信長水軍の巨大船も、こんな爆弾放り込まれたらなす術もありません。

四国攻略に大変苦労していたことが想像されます。