柳ヶ瀬で最後まで営業していたキャバレー『ムーランルージュ』

2月23日に開催された「ぎふ長良川めぐるツアーズ」に参加しました。

長良川流域にある歓楽街・柳ヶ瀬で最後まで営業していたキャバレー「ムーランルージュ」を探索。

この日は特別にアーケードのオーロラネオンも点灯。

通りを歩くお客さんは少なかったですが、ラスベガスのような華やかな雰囲気でした。

 

美川憲一さんの「柳ヶ瀬ブルース」がヒットしたのは1966年(昭和41年)

当時は柳ヶ瀬を歩くのに肩をぶつからないようにするのが大変だったという。

この頃は柳ヶ瀬にキャバレーが10店以上あり大型店舗の全盛期。

 

「コマスタジアム」にはホステスが2000人くらい在籍し、トップホステスは1日に50件指名があったという。

3階吹抜けの「カサブランカ」のホステスは、毎日美容院に通い、日本舞踊、タンゴ、ワルツも練習していたそうです。

 

「ムーランルージュ」はフランス語で赤い風車。

コマスタジアム、カサブランカと比べると小型のキャバレー。

風俗が多様化した1980年代。

栄華を誇った大型キャバレーは衰退。

2012年に開催された「岐阜国体」

開催前に岐阜県警による風俗店の一斉取締りがありました。

お色気系のお店は壊滅。

 

厳しい逆風の中でも生き残ってきたムーランルージュ。

コロナが流行し始めた2020年に閉店。

キャバレーとキャバクラの違いはステージがあるかどうか。
ステージの上にはミラーボール。

お色気はなく、低料金、明朗会計がモットーだったムーランルージュ。

最後まで生き残った要因のひとつでは。

ホステスさんの衣装でしょうか。

昔のバブル時代を彷彿させるデザイン。

久しぶりに見たポケベル。
ドラマ「ポケベルが鳴らなくて」が放送されたのが1993年(平成5年)

自分は使ったことはないですが親が仕事で使ってました。

生まれた時からスマホがある世代の人は知らないでしょう。

数字を組みわせてメッセージのやり取りをしていました。

おやすみ=0833など。

店内の照明も個性的。

建物は現在電気が通ってません。

特殊な方法でミラーボールが点灯。

バブルの煌めきが甦りました。

超満員の客席が沸きました。

 

この後は柳ヶ瀬センターにあったお店の変遷の紹介がありました。

同じ場所でもいろんなお店が入れ替わり、逆にスナックホワイトさんは1964年以前から2022年まで営業されてて驚きました。

奥深い長良川流域の歓楽街。

 

今回のツアーは募集開始した日に満席。

再び開催されるのかどうかは分かりません。

もし開催される場合は、参加者の方はマスクの着用を推奨します。

建物内のほこりがすごかったです。