風格のある土塁。
お城マニアの皆様、どこか分かりますか?
岐阜市にある黒野城跡です。
2022年10月13日の中日新聞夕刊「クリス・グレンの名城レッツゴー!」の中にこんなコメントが書いてありました。
外堀から本丸までの間には三重の水堀がある上に、最後の最後にこれだけの土塁が立ちはだかれば、そう簡単に攻め込むことはできません。
「ただの土手」ではない土塁。黒野城の大切な遺構であることを多くの人に知ってほしいです。
土塁の上は桜のトンネル。
知られざる桜スポット。
天気の良い日は「ハイショップふじた」さんでお弁当を買ってきてお花見はいかが。
黒野城跡の近くにある資料館へ。
黒野城の城主は加藤貞泰(1580ー1623)
父・光泰は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に没。
14歳の時に家督を継ぎます。
1594年(文禄2年)に甲府城から黒野城へ。
14歳で黒野城の御殿様に。
1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの時には、東軍として出陣。
1614年(慶長19年)からの大阪の陣に参戦。
徳川家康の天下取りに貢献しました。
ひょっとしたらNHK大河ドラマ「どうする家康」にも出てくるかもしれません。
貞泰の転封後は黒野城は廃城。
お城が存在したのはわずか16年でした。
2023年は加藤貞泰の没後400年。
「黒野城と加藤貞泰公研究会」主催によりぎふメディアコスモスで記念講演会と記念パネル展が開催されます。
その名も「どうする!貞泰」
【記念講演会】5月7日(日)14時から16時30分頃 ※入場無料、要予約
【記念パネル展】5月10日(水)から12日(金)10時から19時 ※入場無料、予約不要
黒野城のことはなんとなく知っていても、加藤貞泰のことを知っている人は少ないでしょう。
貞泰についてじっくり学べる良い機会です。
※黒野城跡公園の駐車場はありません
土日祝は城跡の東側にある平成医療専門学院駐車場が利用できるようです(20台)
西側の二ノ丸資料館(旧接骨院)は全日5台駐車可
最寄りのバス停・岐阜バス御望野線「黒野城跡前」